元首相・吉田茂を祖父に持ち、名門・麻生家の御曹司として知られる麻生太郎氏の経歴は極めて異色です。実業家として麻生セメント(現・麻生)の社長を務めた後、クレー射撃日本代表として1976年モントリオール五輪に出場。1979年に衆議院議員へ初当選して以降、外務大臣や自民党幹事長など党と政府の要職を歴任しました。
そんな麻生氏が第92代内閣総理大臣に就任したのは、2008年9月24日のことです。福田康夫前首相の突然の辞任を受けて誕生した麻生政権でしたが、その船出はまさに嵐のただ中にありました。就任のわずか9日前、アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界規模のリーマンショックが勃発していたのです。
麻生内閣在任期間は2008年9月24日から2009年9月16日までのわずか358日間。歴代政権のなかでも短命に分類されますが、この1年足らずの間に内閣が直面した危機と決定した政策の密度は、戦後政治史屈指の激動ぶりでした。当時、首相官邸の執務室で麻生氏は「いま日本経済の底が抜けたら、世界中が共倒れになる。責任はすべて自分が取る」と周囲に語り、就任直後から矢継ぎ早の金融危機対策へ突入していきました。