辻希美のウェブ発信を語るうえで避けて通れないのが、平成後期から令和初期にかけて巻き起こった凄まじいバッシングの嵐です。「のんピース炎上の真相」を振り返ると、現代の常識では信じがたいほど理不尽な理由で批判が殺到していました。
代表的な事例を挙げるだけでも、枚挙にいとまがありません。ウインナーを焼いただけで「手抜きだ」と叩かれ、流しそうめんをすれば「不衛生だ」と物議を醸し、子どもとのお出かけで新幹線に乗れば「席の座り方がおかしい」と重箱の隅をつつくような批判に晒されました。葬儀への参列時のリボンや、いちごに練乳をかけたことすらもネットニュースでセンセーショナルに報じられた歴史があります。
当時の特番インタビューや自著・手記において、辻希美本人は「何を書いても叩かれるため、一時期は投稿ボタンを押す手が震えていた」「泣きながらブログを更新していた夜もあった」と、当時の壮絶な胸の内を吐露しています。それでも彼女が筆を折らなかった理由は、「ここで発信をやめてしまったら、本当に自分は駄目な人間だと認めてしまう気がしたから」という強固な自負でした。
社会学的な観点から分析すると、当時のバッシングの背景には、弱冠19歳で元国民的アイドルがトップ俳優と授かり婚を果たしたことに対する「世間の無意識の嫉妬とルサンチマン」が存在していました。「若い母親に子育てができるはずがない」という社会的な偏見のスケープゴートにされ、ネット掲示板のユーザーたちが承認欲求を満たすための消費対象にされていたのが実態です。しかし、彼女は反論や法的措置で威嚇することなく、淡々と子どもたちの成長と手料理の記録を積み重ねることで、理不尽な偏見を完全に無効化していきました。