インターネット上で流布する情報の中には、化学的根拠を欠いた危険な誤解が少なくありません。その最たる例が「重曹とクエン酸を混ぜて発生する泡が最強の洗浄力を生む」という言説です。
炭酸水素ナトリウム(アルカリ性)にクエン酸(酸性)を注ぐと、激しい発泡現象が起きます。一見すると強力な分解反応が起きているように錯覚しますが、気泡の正体は無害な二酸化炭素ガス(炭酸ガス)に過ぎません。泡の物理的な押し出し効果によって排水口の軽微なヌメリを浮かす作用はあるものの、化学的には中和反応によってアルカリ性と酸性が互いの長所を相殺し合い、油を分解する力も水垢を溶かす力も劇的に減退してしまいます。油汚れには重曹単体、シンクの水垢や尿石にはクエン酸単体と、単一成分を狙い撃ちで投入するのが本来の理にかなったアプローチです。
さらに深刻な損害をもたらすのが重曹水使えないもの注意点を無視した清掃作業です。以下の素材に対して重曹水を使用すると、取り返しのつかない物損事故を招きます。
- アルミニウム製品:アルミ鍋、換気扇フィルターなど。アルカリ成分がアルミニウムと化学反応を起こし、不可逆的な黒ずみ(水酸化アルミニウム被膜の変質)を形成します。
- 無垢のフローリング・木製家具・畳:木材に含まれるタンニンや畳のイグサ成分がアルカリと反応し、黄ばみやシミとして定着。研磨剤や水拭きでも元に戻りません。
- 天然大理石・人工大理石:炭酸カルシウムを主成分とする天然石は、アルカリや研磨作用によって表面の光沢を失い、微小な孔が空いて白濁します。
- 漆器・金箔・真鍮(しんちゅう)製品:繊細な表面塗装が侵され、剥離や光沢消失を招きます。