なぜヘ音記号だけ読めないのか。その背景には、人間の脳が過去に獲得したパターンを無意識に適用しようとする「認知的干渉(ストループ効果に類似した脳の混乱)」が存在します。多くの入門書や音楽教室では、最初にト音記号(高音部)から学習をスタートします。そのため、学習者の脳内には「五線の下の第1線がミ、第1間がファ、第2線がソ」という強固なメンタルモデルが先に構築されます。
ところがヘ音記号を見たとき、五線の形は同じ5本の線であるにもかかわらず、全く異なる音階が割り当てられています。脳は無意識に「見慣れたト音記号の配置」で音を認識しようとし、そこから「あ、これはヘ音記号だから2音下げなきゃいけない」と後天的な修正計算を強いられます。この二重の思考ステップがワーキングメモリを圧迫し、思考フリーズを引き起こす主因です。
そもそもヘ音記号の「ヘ」とは日本語の音名で「ファ(F音)」を指します。記号の形状自体、アルファベットの「F」が時代を経て図案化されたものであり、中央の大きな黒丸が位置する「第4線」がまさにファの音を示しています。さらに記号の右側にある上下2つの点は、第4線を上下から挟み込むように配置されています。このファの音の由来という本質的な目印を意識せず、単に「ト音記号と2つズレた記号」として丸暗記しようとすることこそが、長期的な苦手意識を生む元凶です。