ディズニーキャラクターの歴史において、特定の長編アニメーション映画の脇役として誕生した動物が、ミッキーマウスたちの住むメインユニバースへ完全移籍した例は極めて稀です。この奇跡的なキャリアシフトの起点となったのは、1940年公開の長編アニメーション第2作『ピノキオ』でした。
作中でフィガロは、心優しい木彫り職人ゼペットの飼い猫として登場します。愛くるしい仕草の一方で、魚の形をした骨を食べさせられそうになって露骨に嫌な顔をしたり、就寝時に窓を閉めに行かされて不貞腐れたりと、本物の人間の幼児のような豊かな喜怒哀楽を見せました。この命を吹き込んだのは、ディズニーの伝説的アニメーター集団「ナイン・オールド・メン」のひとり、エリック・ラーソンです。ラーソンは子猫の骨格や筋肉の細やかな動き、気まぐれな心理描写を徹底的に研究し、単なる背景の小動物ではない独立した人格をスクリーン上に創り上げました。
このフィガロに誰よりも心を奪われたのが、他ならぬウォルト・ディズニー本人でした。スタジオの制作記録や関係者の回顧録によると、ウォルトは完成したフィルムの試写を見るたびにフィガロのシーンで相好を崩し、「この子猫には並外れた魅力がある。1本の映画だけで終わらせてはならない」と熱弁を振るったと伝えられています。
ウォルトの強い意向を受け、ディズニー制作陣はフィガロをスターダムへと押し上げる計画を始動させました。まず1942年公開のミッキーマウス短編映画『ミニーの誕生祝い(Mickey's Birthday Party)』にカメオ出演させ、観客の反応をテスト。そして1940年代半ばから、本格的にミニーマウスの公式ペットとして短編カートゥーンシリーズへ組み込む決断を下します。1944年の短編『フィガロとクレオ』では単独主役を飾り、1946年の『バスの停留所(First Aiders)』や1947年の『フィガロとフランキー』では、プルートと丁々発止のドタバタ劇を繰り広げるメインキャストへと定着していきました。
当時、ミッキーマウスの相棒には忠犬プルートという絶対的な存在が確立されていました。女性らしい可憐さと家庭的な温もりを体現するミニーマウスのパートナーとして、気まぐれで甘えん坊な子猫のフィガロはまさに完璧なピースだったのです。ウォルトの直感とクリエイター陣の熱意が融合した結果、フィガロは作品の枠を飛び越えるという前代未聞のシンデレラストーリーを歩むこととなりました。