ドイツの乾杯において、日本人旅行者が最もカルチャーショックを受けるのが「視線のルール」です。ドイツでは乾杯の際、参加者一人ひとりと必ず目を合わせる(アイコンタクトを取る)ことが絶対的なマナーとされています。
もし相手の目を見ずにグラスを合わせたり、視線を宙に泳がせたりすると、周囲から即座に「目を見て!」と鋭い指摘を受けることになります。現地には「乾杯の時に目を合わせないと、7年間にわたってベッドの上で不運に見舞われる(7 Jahre schlechter Sex)」という非常に有名なジンクスが語り継がれているためです。
この強烈な都市伝説の起源には、中世ヨーロッパの暗黒期における「毒殺防止」の歴史が深く関係しています。かつて貴族社会や酒場では、酒に毒を盛って政敵を暗殺する事件が日常茶飯事でした。そのため、互いのジョッキを力強くぶつけ合い、互いの酒を少しずつ跳ねさせて混ざり合わせることで、「毒が入っていないこと」を証明したのです。その際、相手が怪しい動きをしていないか、毒を盛った後ろめたさから目を逸らさないかを厳しく監視するために、視線を直視する文化が定着したとされています。
時代が下るにつれ、この防衛本能的な儀式が「相手に対する誠実さと信頼の証」へと昇華し、現代ではユーモラスな愛のジンクスとしてドイツ人の心に刻まれています。
また、グラスを合わせる際の物理的な作法にも細かなルールが存在します。重厚なビールジョッキ(マスジョッキなど)を乾杯する際、飲み口(縁)同士をぶつけるとガラスが欠けて破片が酒に入る危険があるため、「ジョッキの頑丈な底部分(ボトム)同士を軽く当てる」のが現地の正しい作法です。さらに、複数の人が同時に乾杯する際、テーブル上で他人の腕と自分の腕が交差する(クロスする)行為は不吉とされているため、順番に一人ずつ目を合わせてグラスを交わすのが洗練された大人の振る舞いです。