衣類を構成する繊維には、熱に対してそれぞれ固有の限界点が存在します。当て布を介さずに作業を行った際の当て布なし失敗例の多くは、素材の耐熱温度とプレス圧のアンバランスによって引き起こされます。
ビジネススーツの主力素材である羊毛におけるウール当て布必要性は、天然毛ならではのキューティクル構造(スケール)に起因します。ウールは湿気を含むと柔らかくなり、外圧によって形状記憶する特性を持ちます。しかし、200℃近い高温のアイロンが乾いた状態で直に押し当てられると、表面のキューティクルが破壊されて平滑化し、独特の光沢感を放つようになります。これがいわゆる「アタリ・テカリ」です。ウール本来のふっくらとした立体感を維持するには、当て布越しにスチームの蒸気だけを送り込む繊細な加減が求められます。
一方、学生服や形状記憶シャツに多用されるポリエステルアイロン温度の管理はさらにシビアです。ポリエステルは熱可塑性樹脂の一種であり、約150℃前後から軟化が始まり、約250℃で完全に溶融します。低温〜中温(110℃〜150℃)の設定であっても、金属熱板を直に押し当てると表面が部分的に溶融してプラスチックフィルムのような皮膜を形成し、二度と直らない強烈なテカリが発生します。素材の特性を理解し、当て布によって接触面の表面温度を10〜20℃ほどマイルドに減衰させることが、スーツテカリ防止における鉄則です。