湯もみの起源を紐解く上で欠かせないのが、江戸時代末期から明治期にかけて確立された草津独自の集団入浴法「時間湯(じかんゆ)」の存在です。時間湯とは、絶対的な権限を持つ「湯長(ゆちょう)」の統率のもと、1日4回、48度近い高温浴槽に正確に3分間だけ浸かるという極めて厳格な荒療治でした。
当時の時間湯において、湯もみは入浴前に行う絶対不可欠な儀式でした。患者や湯治客自らが板を握り、およそ20分から30分間にわたって一斉に湯槽の縁に並び、猛烈な勢いで湯をもみ倒します。これは湯温を下げる物理的目的だけでなく、高温浴に挑む前の「準備運動」としての生理的役割も兼ね備えていました。激しい全身運動によって発汗を促し、心拍数を上げ、血流を整えることで、その直後に待ち受ける超高温浴による脳貧血やショック死を防ぐ防衛反応を引き出していたのです。
この湯もみの最中に歌い継がれてきたのが、有名な「草津節(くさつぶし)」をはじめとする湯もみ唄です。軽快な手拍子と「チョイナ チョイナ」という独特の合いの手が印象的な民謡ですが、この唄の存在理由を単なる作業歌や精神統一と捉えるのは早計です。
【草津節の代表的な歌詞】
「草津よいとこ 一度はおいで(チョイナ チョイナ)
お湯の中にも コーリャ 花が咲くよ(チョイナ チョイナ)
お医者様でも 草津の湯でも(チョイナ チョイナ)
惚れた病は コーリャ 治りゃせぬよ(チョイナ チョイナ)」
過酷な蒸気と熱気が充満する浴室で重労働を続ければ、入浴者は酸欠や熱疲労によって次第に意識が朦朧としてきます。全員で大声を張り上げて唄を斉唱することは、呼吸器の換気を強制的に促し、意識を覚醒させ続けるための安全確認シグナルでした。さらに、唄のテンポと小節の数は極めて精密に計算されており、時計が存在しなかった時代において、湯をもむ作業時間と湯に浸かる制限時間を正確に管理する「音のタイマー」として機能していたという事実が、温泉民俗学の研究でも明らかにされています。