この驚異的な製法を確立し、江戸時代中期の享保年間(1716年〜1736年)に創業したのが、初代・荒木与兵衛である。加賀藩前田家の保護を受けながら、荒波逆巻く日本海で生きる船乗りたちの保存食として育て上げられた伝統は、今や石川県白山市を代表する誇りとなった。現在の株式会社あら与に至るまで、看板の味は一子相伝の感覚と蔵の環境によって守り抜かれている。
工場生産による効率化とは対極の場所にあるのが、同社の哲学だ。温度管理された近代的なステンレスタンクでは、決してあの複雑な風味は生まれない。創業当時から蔵の柱や梁、そして使い込まれた木樽に宿る独自の微生物群こそが、あら与の心臓部。機械化を拒み、職人が樽ごとの発酵具合を手触りと匂いで見極める姿には、先祖から受け継いだ命のバトンに対する妥協なき敬意が宿っている。