堀田雅也の輪郭を深く理解するには、元ネタとなった堀尾昌志氏の経歴プロフィールと、当時の細木数子さんとの関係性に迫る必要があります。この二人のただならぬ関係を最も克明に記録しているのが、裏社会や芸能界の内幕取材で名高いジャーナリスト・溝口敦氏によるノンフィクション書籍『細木数子 魔女の履歴書』(2006年、講談社)です。
同書や当時の証言資料によると、二人の接点は1960年代半ばから1970年代にかけての東京・銀座にありました。当時、20代半ばにして銀座にクラブ「茜」などを構え、「銀座の若き女王」として頭角を現していた細木数子さん。当時の銀座社交界は、政財界の重鎮だけでなく、裏社会の有力者が日常的に出入りし、莫大な資金を落とす危険なパワーバランスの上に成り立っていました。
その銀座で細木さんのパトロンとなり、やがて長期にわたる内縁関係を結んだのが、小金井一家の最高幹部(のちの八代目総長)であった堀尾昌志氏でした。堀尾氏は細木さんの後ろ盾として夜の街での権勢を支える一方、その関係は決して穏やかなものばかりではありませんでした。莫大な金銭の融通、暴力の影、そして裏社会特有の抗争の余波が常に付きまとう過酷な日々だったと伝えられています。
細木さんは自著や過去の回想録において、特定の暴力団関係者の実名を伏せつつも「かつて命がけで愛し、すべてを捧げた男性がいた」「裏切られ、億単位の借金を背負わされて夜逃げ同然で逃げ出した」といった生々しい告白を残しています。堀田雅也というキャラクターは、そうした彼女の凄絶な実体験を象徴する存在として立ち上げられたのです。