『兄弟船』が世に出るまでには、昭和歌謡界の黄金コンビである作詞家・星野哲郎と作曲家・船村徹の並々ならぬ情熱と奇跡的な出会いがありました。
船村徹の内弟子として雑用や運転手を務めていた鳥羽一郎を、星野哲郎が初めて目にしたとき、星野は鳥羽の「手のひら」に目を奪われたといいます。かつて自身も日魯漁業の遠洋漁船に乗船した経験を持つ星野は、潮風に晒され豆だらけになった鳥羽の手を見て、「この男は本物の海の男だ。嘘偽りのない本物の海の歌を書かなければならない」と直感したと述懐しています。
そうして書き上げられた星野の渾身の詞に対し、船村徹は波のうねりと男の叫びを表現した重厚なメロディを授けました。レッスン時、船村は鳥羽に対して「綺麗に歌おうとするな、海の底から湧き出る声で語れ」と徹底的に指導。1982年8月21日にリリースされた『兄弟船』は瞬く間に全国へ広がり、新人としては異例のメガヒットを記録することとなりました。