政界の暴れん坊・浜田幸一の真実|数々の伝説と死因の真相を追う

政界の暴れん坊・浜田幸一の真実|数々の伝説と死因の真相を追う

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浜田幸一が残した数々の伝説の中でも、日本政治史のハイライトとして必ず挙げられるのが1979年の「四十日抗争」におけるバリケード突破事件です。自民党内の主流派(大平正芳派・田中角栄派)と反主流派(福田赳夫派・三木武夫派・中曽根康弘派)が激しく対立し、反主流派の若手議員が党本部会議室をバリケードで封鎖しました。

この事態に激怒した浜田は、パイプ椅子や机を力任せに引き剥がして単身突入。バリケードを粉砕しながら放った「いいか、お前ら聞け!可愛い子供たちの時代のために自民党があるんだ!」という魂の絶叫は、ニュース映像を通じて全国に強烈なインパクトを与えました。

しかし、その豪快さは時に破滅的なトラブルも引き起こします。1970年代、米ラスベガスのカジノにのめり込み、約15億円(当時約450万ドル)にのぼる巨額の賭博借金を作った「ラスベガス事件」が発覚。政財界の黒幕と呼ばれた小佐野賢治氏が肩代わりしたことで事態は収拾に向かったものの、世論の猛反発を浴びて1980年に議員辞職へ追い込まれました。

さらに1988年、衆議院予算委員長を務めていた際には、共産党の宮本顕治元議長を指して「人を殺した殺人者」と委員会審議中に発言。国会を大混乱に陥れ、再び委員長辞任へと発展するなど、その言動は常に一触即発の火薬庫でした。

山田 真由
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山田 真由

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