内田雄馬の演技力が高く評価される最大の要因は、「声の芝居」をアニメ的な記号化に頼らず、等身大の人間の生体反応としてアウトプットする点にあります。業界関係者が一様に指摘するのは、マイク前での過度なデフォルメを削ぎ落とした、リアリズム重視のアプローチです。
象徴的な例が『呪術廻戦』の伏黒恵です。伏黒は自らの倫理観に基づいて「少しでも多くの善人が平等を享受できるように不平等に人を助ける」という複雑なポリシーを抱くキャラクターです。アニメ制作関係者の証言によると、収録現場で内田は音圧で圧倒するのではなく、あえて息の混ざったローファイなウィスパー音や、淡々とした語り口の中に感情の火種を潜ませるアプローチを徹底しました。その抑制された演技が、後の八十八橋編や渋谷事変で見せた「布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)」の召喚シーンや、極限状態での叫びと鮮烈なコントラストを生み出し、視聴者に強烈な鳥肌をもたらしました。
また、彼の出世作となった『BANANA FISH』のアッシュ・リンクスにおいて、当時の制作スタッフがインタビューで「内田雄馬のテイクは時に痛々しいほど生々しく、ブースの向こう側で魂が削れる音が聞こえるようだった」と振り返っている通り、役柄と自身を極限まで同一化させる集中力は並外れています。座右の銘として公言している「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」という信条そのままに、妥協を許さないテイクの積み重ねが、現在の絶対的な信頼感へと結実しています。