戦後最大の黒幕・児玉誉士夫の正体とは?ロッキード事件と巨額資金の真相

戦後最大の黒幕・児玉誉士夫の正体とは?ロッキード事件と巨額資金の真相

戦後最大の黒幕・児玉誉士夫の正体とは?ロッキード事件と巨額資金の真相とは一体何なのか? 専門的な分析を整理してお届けします。

児玉誉士夫の名を世界中に決定づけたのが、1976年2月に米上院外交委員会多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)で暴露された「ロッキード事件」でした。米航空機大手ロッキード社のアーチボルド・コーチャン副会長が、全日本空輸(ANA)へのワイドボディ旅客機「L-1011 トライスター」売り込みのため、秘密代理人である児玉に約21億円(当時レートで約700万ドル)の秘密工作資金を渡したと証言したのです。

この巨額資金は児玉を通じて政官界の首脳へ賄賂として配分され、当時の首相・田中角栄の逮捕へと発展しました。東京地検特捜部は児玉の私邸を強制捜索し、外国為替管理法違反および巨額脱税(所得税法違反)容疑で児玉を起訴しました。このとき、児玉は病気を理由に国会喚問を拒否し、等々力の自宅に雲隠れを続けたため、国民の怒りは頂点に達しました。

その激しい世論の反発の中で発生したのが、1976年3月23日の「セスナ機特攻事件」です。元ポルノ男優で右翼思想に傾倒していた前野光保(当時29歳)が、パイパー・チェロキー機(報道ではセスナ機と総称)を操縦して東京・等々力の児玉邸2階に突入・自爆しました。前野は突入直前、無線で「天皇陛下万歳!」と叫んだと記録されています。

この事件は、かつて「尊皇愛国」を掲げていたはずの児玉が、アメリカ資本から巨額の賄賂を受け取り私利私欲を貪っていたことに対する「右翼内部からの天誅(裏切りに対する制裁)」と受け止められました。邸宅の一部が炎上したものの、別室にいた児玉本人は奇跡的に軽傷で生き延びました。しかし、この前代未聞の自爆テロによって「不気味な黒幕」としての神話は完全に崩壊し、晩年の社会的信用は失墜することとなりました。

松本 悠斗
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松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。