スクリーンで圧倒的な存在感を放つあのボクシンググローブ。実は撮影前、岸井ゆきのは数ヶ月に及ぶ猛特訓を重ね、実際にミットを打ち込み続けて道具を手に馴染ませていた。使用されたのは使い古された味のあるアイテムであり、過剰な装飾を排した実用性が選択されている。監督の三宅唱は、過度なドラマチックさを極力削ぎ落とし、16mmフィルムのザラついた質感の中に「本物の打撃音と摩擦」を記録することにこだわった。
現場では、バンテージの巻き方一つからプロの指導が入り、痛みに耐える拳の硬さがそのまま画面の緊迫感へと昇華された。グローブをはめる瞬間の静寂、そしてバンテージを解くときの吐息。演出の細部に宿るリアリティこそが、観客に「彼女の息遣い」をダイレクトに伝える仕掛けだったのだ。