映画界の頂点を極めた阪東妻三郎さんでしたが、その生涯は突如として幕を閉じました。1953年(昭和28年)7月7日、映画の撮影中に体調を崩し、京都の自宅で急逝。死因は高血圧性の脳出血(脳溢血)で、満51歳というあまりにも早すぎる旅立ちでした。
当時、三男である田村正和さんはわずか9歳(小学4年生)でした。大黒柱を突然失った田村家の衝撃は計り知れず、葬儀には何万人ものファンや映画関係者が詰めかけ、京都の街が揺れるほどの騒然とした空気に包まれました。正和さん自身、父と過ごした実質的な時間は短かったものの、撮影所から疲れて帰ってきても子供たちに注いでくれた温かい眼差しや、家庭内で漂わせていた孤高の存在感を深く胸に刻み込んでいたと伝えられています。