加害者の親としての責任、そして娘の異常行動を防げなかった自責の念は、父親である徳勝仁氏を猛烈な精神的苦痛へと追い詰めた。長崎県警察による捜査が進行し、連日メディアからの過熱取材が続くなか、彼は深い孤立感を深めていった。弁護士として社会的な立場があったからこそ、その失落感と世間からの批判の波は凄まじいものであった。
事件発生からわずか数ヶ月後、父親は自宅で自ら命を絶つという最期を迎える。遺書には遺族への謝罪と、父親としての無力感、そして激しい悔恨の言葉が綴られていたと報じられている。法律家でありながら我が子の狂気を止めることができなかった男の悲劇的な結末は、司法・法律業界関係者の間でも大きな衝撃をもって受け止められた。