テレビ番組や自著で公開されたことのあるヒカキンの高校卒アル写真は、ファンの間でもたびたび話題になります。黒髪の短髪に爽やかな笑顔、黒縁の眼鏡をかけたその姿は、素朴で真面目な好青年の雰囲気を色濃く残しています。
高校時代のヒカキンは、スキー部の過酷な練習を終えて帰宅した後、自室や密閉空間であるトイレやお風呂場に籠もり、何時間もヒューマンビートボックスの練習に没頭していました。当時、新潟の地方都市ではビートボックスを教えてくれるスクールや仲間はいませんでした。そのため、米国のパフォーマーやテレビ番組(『ハモネプ』等)の映像をコマ送りで研究し、舌の動かし方や喉の鳴らし方を完全に独学でコピーしていったのです。
2006年頃、まだ日本語版サービスすら始まっていなかった最初期のYouTubeに触れたヒカキンは、高校のパソコン室や自宅の低速回線を通じて、世界中のクリエイターへ向けて自身のパフォーマンスを投稿し始めました。雪深い新潟の高校生が、世界へとつながる扉をノックした瞬間でした。