娘の急遽退任を受けて再びトップの座に就いた山井太氏の経歴は、日本のアウトドア史そのものと言えます。1959年に新潟県三条市で生まれ、明治大学を卒業後、外資系商社勤務を経て1986年に父・幸雄氏が創業した山井幸雄商店(現スノーピーク)に入社しました。
太氏は当時主流ではなかった「オートキャンプ」の文化を日本に根付かせ、自ら徹底的にテストした高品質・高価格なキャンプギアを次々と開発。1996年には社長に就任し、社名を「スノーピーク」に変更しました。2014年には東証マザーズ上場、翌2015年には東証一部(のちのプライム)への市場変更を果たし、同社を世界的ブランドへと押し上げた立役者です。
そんな山井太社長の年収や資産にも注目が集まります。上場当時は創業者一族の筆頭株主として多額の自社株を保有しており、資産規模は数十億円から百億円規模に達していたと推計されています。役員報酬も業績好調期には数千万円台後半から1億円前後に達していたとみられますが、社長再登板後は自身の報酬を一部返上するなど、混乱の収拾と経営責任の明確化を最優先に行動しました。