のちに絶対指導者として絶対権力を誇示する金日成だが、その出生時の本名は「金成柱(キム・ソンジュ)」である。1912年、平壌近郊の農村に生まれた金成柱は、幼少期に両親とともに満州(現在の中国東北部)へ渡った。厳しい貧困と抗日運動の嵐が吹き荒れる現地で成長した彼は、十代後半からマルクス主義思想に傾倒し、地下組織での活動を開始する。
青年期の金成柱は、理想に燃える一人の地方活動家にすぎなかった。中国共産党の下部組織や抗日武装勢力に身を投じた彼は、極寒の過酷な気候のなか、小規模なゲリラ戦を繰り返す。彼の軍事的功績は、北朝鮮がのちに主張するような「日本軍を恐れおののかせた絶対的指揮官」というスケールからは程遠く、限られた地域での局地戦に留まっていた。しかし、過酷な生存競争の中で培われた彼の政治的勘と要領の良さは、のちの権力闘争において恐ろしい武器となる。