1998年の自由民主党総裁選挙は、現代日本政治史における最大のドラマのひとつだ。「凡人・軍人・変人」。田中真紀子によってそう評された戦いで、梶山は所属していた名門派閥・経世会(竹下派)の方針に反旗を翻し、小渕恵三、小泉純一郎を相手に総裁選へ出馬した。それは自民党最強を誇った経世会が事実上分裂する瞬間であり、派閥政治の終焉を告げる号砲でもあった。
派閥の談合による総理選びを真っ向から否定し、自らの政策構想を掲げて挑んだ梶山。敗北には終わったものの、小泉純一郎ら新世代の台頭を促し、永田町の力学を根底から塗り替えるきっかけを作った。この総裁選で見せた捨て身の挑戦は、後に小泉政権が誕生し、派閥解体へと突き進む歴史の伏線となったことは間違いない。