両国の因縁の始まりは、2002年日韓ワールドカップのグループD最終節にまで遡ります。当時のポルトガルは、ルイス・フィーゴやパウレタ、セルジオ・コンセイソンらを擁し、「黄金世代」として初優勝の期待を背負って大会に臨んでいました。
仁川で行われたこの大一番は、序盤から激しい肉弾戦となりました。試合の流れを決定づけたのはポルトガル側に下されたレッドカードです。前半27分にジョアン・ピントが危険なタックルで一発退場となり、後半21分にはベトが2枚目のイエローカードを受けてポルトガルは9人での戦いを強いられる異例の事態に陥りました。
数的優位に立った韓国は後半25分、右サイドからのクロスを当時若手だったパク・チソン(朴智星)が胸トラップから相手DFをかわし、強烈な左足ボレーをゴールネットへ突き刺します。この1点が決勝点となり、韓国は1-0で勝利。ポルトガルはグループステージ敗退の屈辱を味わい、黄金世代の夢は呆気なく散ることとなりました。この2002年の退場劇と判定を巡る論争が、両国間に長く残る因縁の第一章となったのです。