日本の氷上競技がまだ黎明期にあった1923年、明治大学にアイスホッケー部が誕生しました。天然の氷を求めて長野県諏訪湖や山梨県山中湖へと遠征を行った時代から、彼らの挑戦は始まっています。
当時のリンクは自然任せ。寒風が吹き荒ぶ屋外で、選手たちは道具も満足に揃わないなか、情熱だけでパックを追いました。氷が溶ければ練習は打ち切り。それでも氷上に立つ情熱は冷めませんでした。
戦前の日本アイスホッケー界において、明治大学は競技普及の中心的役割を果たしました。戦後の高度経済成長期に室内スケートリンクが誕生すると、チームの強化は一気に加速。技術体系の確立と組織的なトレーニングをいち早く導入し、学生界の頂点へと駆け上がったのです。