さかもと氏のキャリアにおける最大の転換点となったのが、2012年秋に文芸誌『新潮45』に寄稿したコラムでした。国内線航空機に搭乗した際、機内で泣き叫び続ける乳幼児の声に耐えかね、母親や客室乗務員に対して強い不満を表明した体験談を綴ったところ、これが瞬く間にネットニュースやソーシャルメディアで拡散。「不寛容社会の象徴」「母親叩き」として猛烈な批判を浴びる事態となりました。
ワイドショーやネット掲示板では激しい個人攻撃が繰り広げられ、当時のメディア環境における炎上騒動の典型例として扱われました。しかし、このコラムの真相には、文面からは窺い知ることのできない身体的な異変が隠されていたことが後に判明します。
当時のさかもと氏は、原因不明の激しい頭痛、発熱、全身の関節痛に苛まれており、睡眠もままならない極限状態にありました。後に自著や手記で語られた告白によると、「脳に鉛を詰め込まれたような激痛の中で意識が朦朧としており、平常な思考と感情のコントロールが完全に失われていた」と振り返っています。表現の拙さや配慮の欠如は否めないものの、その深層には進行しつつあった重篤な疾患の影響があったのです。