1999年、日本中を席巻した嵐のデビューシングル『A・RA・SHI』。その小気味よいラップとキャッチーなメロディに乗せられた言葉たちを生み出したのが、当時「J&T」名義で活動していた菊池常利だった。この事実は、風磨がジャニーズ事務所(当時)に入所した当初、あえて伏せられていたという。親の七光りに頼らず、自分の力で這い上がる――そんな男同士の暗黙のルールがそこにはあった。
時代を超えて歌い継がれる名曲を生み出した父の背中は、幼い風磨にとって最大の教科書だったに違いない。「言葉を届ける」ことへの執着とプロ意識は、この伝説のデビュー曲からすでに始まっていたのだ。