世界はいま、過剰なまでにデジタル化された映像表現に倦怠感を抱いている。その反動のように、2026年のパリやニューヨーク、そして東京の劇場で熱狂をもって迎えられているのが、彼率いる舞踏集団「大駱駝艦」の最新パフォーマンスだ。全身を白塗りに染め上げ、金粉を纏い、重力と対峙しながら蠢くダンサーたち。その中心に立つ老いた獅子の眼差しは、観る者の深層心理に直接語りかけてくる。
舞踏は単なる「美しいダンス」ではない。身体の内に潜む醜悪さ、恐怖、滑稽さ、そして生の歓喜。それらを包み隠さず吐き出す過激な肉体言語だ。世界中のクリエイターたちが彼の舞台に足を運び、言葉を失うのは、そこに計算されたプログラミングでは絶対に再現できない「生身の生」が脈打っているからにほかならない。