歌舞伎の歴史において「中村屋」は、江戸三座の筆頭である「中村座」の座元(劇場経営者・座頭)を務めた江戸歌舞伎の源流に位置します。現代に続く中村屋の系譜を理解するうえで外せないのが、本姓である「波野(なみの)家」の歴史です。
昭和の巨星と呼ばれた十七代目中村勘三郎は、名門の芸を受け継ぎながら、時代物から世話物、舞踊に至るまで人間味豊かな至高の至芸を確立しました。その十七代目の次男として生まれ、歌舞伎界のみならず日本のエンターテインメント界全体に旋風を巻き起こしたのが十八代目中村勘三郎(前名:五代目中村勘九郎)です。十八代目は「古典を深く掘り下げるからこそ、型破りな新作ができる」という信念のもと、ニューヨーク公演や仮設劇場「平成中村座」、野田秀樹や宮藤官九郎とのコラボレーションによる「コクーン歌舞伎」など、従来の歌舞伎の枠組を拡張し続けました。
現在の中村屋は、十八代目の長男である六代目中村勘九郎、次男の二代目中村七之助が二枚看板として座頭を務め、勘九郎の長男である三代目中村勘太郎、次男の二代目中村長三郎が着実に名跡の重みを背負い始めています。江戸時代からの屋号を守りつつ、常に時代の最先端を行くのが中村屋の宿命であり強みです。