羅針盤の普及以前、航海とは常に沿岸を目視しながら進む危険極まりない試みでした。太陽や北極星の見えない曇天・嵐の洋上では、船乗りたちは完全に方向感覚を失い、座礁や遭難の恐怖に直面していたのです。
しかし、360度の全天候型ナビゲーションを可能にした羅針盤の登場により、外洋への進出が一気に現実味を帯びました。アストロラーベ(天体観測儀)やキャラベル船の開発と相まって、人類は初めて見渡す限りの大海原へ漕ぎ出す自信を手に入れます。
このブレイクスルーが口火を切ったのが、15世紀末から始まる大航海時代です。クリストファー・コロンブスによる大西洋横断、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓、そしてマゼラン艦隊による世界周航。これらはいずれも、船倉に置かれた手のひらサイズの磁針なしには成立し得ませんでした。孤立していた大陸同士が結ばれ、富と香辛料、そして過酷な植民地支配が交錯するグローバル経済圏がここに産声をあげたのです。