皇太子徳仁親王の知られざる激動と素顔|令和の皇室を導く原点と絆

皇太子徳仁親王の知られざる激動と素顔|令和の皇室を導く原点と絆

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皇太子徳仁親王の経歴を振り返る上で欠かせないのが、1960年(昭和35年)2月23日に誕生された浩宮徳仁親王の幼少期における画期的な養育環境です。それまでの皇室では、皇太子や皇孫は生後まもなく親元を離れ、御用掛や乳母によって育てられるのが数百年続く不文律でした。しかし、上皇上皇后両陛下(当時の皇太子同妃両殿下)は「自らの手で子どもを育てる」という歴史的英断を下されます。美智子さまが書き留められた育児方針メモ、通称「ナルちゃん憲法」のもとで育まれた家庭的な愛情が、徳仁親王の温和で情緒豊かな人格の土台を築きました。

成長期を迎えられた親王は、学習院初等科から高等科を経て、学習院大学文学部史学科へ進学されます。ここで注目すべきは、歴代の天皇や皇族が多く選んできた生物学ではなく、人文・社会科学である歴史学、とりわけ中世瀬戸内海の水運史を専攻された点です。皇居の敷地内で見かけた古い道標への疑問を起点に、水運や交通史という「民衆の暮らしの動脈」に関心を深められたことは、のちのライフワークへ直結する重要な転機となりました。

さらに1983年から1985年にかけての英国オックスフォード大学マートン・カレッジへの留学は、親王の視野を飛躍的に広げました。18世紀のテムズ川水運史を研究テーマに選ばれ、寮生活では自ら洗濯機を回し、コインランドリーで泡だらけになる失敗を経験しながら、自由な市民社会の息吹を肌で体感されます。自著『テムズとともに』にユーモアたっぷりに綴られた学生生活の記憶は、親王が「開かれた皇室」を体現する確固たる価値観を獲得した時期であったことを物語っています。

1989年(昭和64年)1月、昭和天皇の崩御に伴い皇太子となられ、1991年には立太子の礼が執り行われました。そして平成の30年間を皇太子として駆け抜けられたのち、2019年(平成31年)4月30日の上皇陛下の退位特例法に基づく譲位を受け、同年(令和元年)5月1日に第126代天皇として即位されました。皇位継承に伴う一連の改元経緯は、憲政史上初の「退位による代替わり」として国民の深い慶祝に包まれ、新時代「令和」の幕開けとなったのです。

木村 陽翔
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木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。