二人の関係が良好であったという事実が広まるにつれ、ネット上では「すべて綿密な台本が用意されたプロレスだったのではないか」という穿った見方も生まれました。しかし、現場の真実は「完全な台本」でもなければ「ガチの喧嘩」でもない、高度な即興劇(アドリブ)でした。
番組制作サイドが用意していた台本は、大まかな進行順やVTRを流すタイミングを記した構成表(進行台本)に過ぎず、二人の発言内容やセリフが一言一句指定されていたわけではありません。矢追氏は「視聴者に未知のロマンや知的冒険を提供する」という自負を持ち、大槻教授は「科学的リテラシーを啓蒙し、疑似科学から社会を守る」という学者としての使命感を抱いていました。
台本による作為的な誘導がないにもかかわらず、議論が破綻せずに極上のエンターテインメントとして成立したのは、両者が持っていた「番組を最高に面白く成立させる」という無言の共通認識があったからです。大槻教授がどの角度から噛みついてくるかを矢追氏は瞬時に察知し、矢追氏がどのエピソードを語り始めたら大槻教授が激怒のボルテージを上げるべきか、互いが阿吽の呼吸で理解していました。真剣勝負でありながら、相手の土俵を壊さない絶妙な距離感を保っていたことこそ、平成テレビ史に残る奇跡のコンビネーションと言えます。