名古屋女子大殺人事件の真相と犯人の動機|戦後史に残る悲劇の全貌

名古屋女子大殺人事件の真相と犯人の動機|戦後史に残る悲劇の全貌

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世間を戦慄させた名古屋女子大生誘拐殺人事件の真相を語る上で欠かせないのは、事件発生からわずか数時間という極めて短い段階で人命が奪われていたという冷酷な事実です。1980年(昭和55年)12月2日夕刻、名古屋市千種区の路上で、自動車教習所から帰宅途中だった名門・金城学院大学4年生の女子大生(当時22歳)が忽然と姿を消しました。裕福な家庭で育ち、卒業と就職を間近に控えた若き被害者に落ち度は何一つありませんでした。

事件の首謀者である木村修治(当時30歳)は、被害者を車内に誘い込んで拉致した直後、早くも犯行当日の夜には被害者の首を絞めて殺害しています。生かしておけば顔を見られた自分の身元が露呈するという自己保身、そして「最初から生還させる意志がなかった」という残虐極まりない手口でした。遺体を愛知県内の山中に遺棄した木村は、被害者がすでに絶命しているにもかかわらず、平然と被害者宅へ電話をかけ、身代金3000万円を要求し続けたのです。

報道ニュースや裁判の公判記録によると、名古屋女子大事件 犯人の動機の根底にあったのは、破滅的なギャンブル依存と事業破綻による巨額の債務でした。当時、木村は印刷関連の事業を手がけていたものの経営難に陥り、さらに競馬や競輪、裏麻雀などの賭博にのめり込んで約1000万円を超える借金を抱えていました。返済期限に追われ、金策に行き詰まった木村が思いついたのが、名門女子大学の裕福な家庭の子女を狙った身代金目的の誘拐だったのです。

山下 哲也
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山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。