音楽大学のレッスン室や合唱サークルの練習現場、さらには知恵袋やSNSなどのコミュニティにおいて、『オー・ソレ・ミオ』に挑戦したアマチュアシンガーから最も多く寄せられるのは「サビ前のパッセージで舌がもつれる」「原語に気を取られて感情が死んでしまう」という生々しい悩みです。
都内の老舗音楽教室で20年以上にわたりベルカント唱法を指導するベテラン声楽家は、学習者のつまづきについて次のように指摘します。
「多くの方が、カタカナ歌詞を目で追いかけるあまり、日本語特有の『子音+母音』のフラットな発音で音符を埋めようとしています。たとえば『Pe' ll'aria fresca』を『ペ・ル・ラ・リ・ア・フ・レ・ス・カ』と1音ずつ均等に打鍵するように発音してしまう。これでは横隔膜の支えが外れ、首に力が入って高音が出なくなります。カンツォーネの真髄は、母音の波に子音を乗せる『レガート(滑らかに繋ぐ)』の感覚です」
また、三大テノールの一角として歴史に名を刻んだルチアーノ・パヴァロッティは、かつての自著や公開マスタークラスの記録において、「高音を出すために声を押し込んではならない。言葉そのものが持つ響きのスペースを口の奥(軟口蓋)に作り、母音を光のように放つのだ」と述懐しています。実際に学習者が「カタカナの呪縛」を解き、音節を滑らかに滑らせる意識に変えただけで、長年苦しんでいた高音の詰まりが劇的に解消したという現場報告は枚挙にいとまがありません。