ネット上の美談だけでは捉えきれない実態を探るべく、館山市街地の関係者や商店街の古参店主らに聞き取り取材を試みると、メディアが報じるイメージとはまた違った、血の通った人間模様が浮かび上がってきます。
館山駅東口周辺の商店街で半世紀以上商売を営む70代の男性は、少年時代のYOSHIKIについて次のように述懐します。
「佳樹ちゃんはね、本当に礼儀正しい坊ちゃんだったよ。呉服屋のお母さんが厳格で立派な方だったから、挨拶もしっかりしていた。ただ、お父さんが亡くなってからというもの、夕方になると林家の屋敷からドンドンと地響きのようなドラムの音が聞こえてきたのを覚えている。近所迷惑だと怒る人なんていなかった。みんな、あの家が背負った悲劇を知っていたから、静かに見守っていたんだ」
また、同世代の地元住民からは、弟・林光樹氏とともに「地元を絶対に忘れない兄弟」として深い敬意が払われています。2019年の房総半島台風で館山市全域が停電と断水に見舞われ、多くの家屋の屋根がブルーシートに覆われた際、YOSHIKIは極秘裏に現地へ入り、ボランティア活動に従事しました。居合わせたボランティア仲間や被災者は、公表を前提とせず泥にまみれて瓦礫撤去を手伝う彼の姿に息を呑んだといいます。
JR館山駅の発車メロディにX JAPANの楽曲が採用された経緯や、毎日夕暮れ時に街中に響き渡る「Forever Love」のメロディは、観光客にとっては非日常の演出ですが、現地の人々にとっては「過疎化が進む地方都市を世界から照らし続けてくれる希望の灯火」として機能しているのが現場のリアルです。