「腹八分目」という概念の起源を辿ると、江戸時代中期の儒学者・本草学者である貝原益軒(かいばらえきけん)が1713年に著した名著『養生訓』に行き着きます。益軒は83歳という、当時としては驚異的な長寿を全うした実践派の学者でした。
貝原益軒の養生訓と由来の経緯を紐解くと、巻第二「飲食の上」において、益軒は次のように鋭い観察を書き残しています。
「飲食は、飢えをふせぎ、気を益すものなれども、過ぐればかへつて災ひとなり、気をそこなひ、病を生ず」
「飲食をほしいままにして飽満することなかれ。八分にしてとどむべし」
益軒が説いたのは、単なる食事制限ではありませんでした。胃腸という「後天の気(生命活動を維持するエネルギー)」を生み出す源泉を酷使すれば、元気が滞り、万病の原因になると警鐘を鳴らしたのです。当時の日本は戦乱が収まり、都市部を中心に食文化が洗練され、美食や大食が富裕層の間で娯楽化し始めた時代でした。飽食がもたらす生活習慣病の兆候を、益軒は300年以上前の現場観察から克明に捉えていたのです。
益軒の養生思想が極めて現代的なのは、心のあり方(情動)と食欲の結びつきを喝破していた点にあります。「口腹の欲に引かれて過食に走る愚かさ」を指摘し、食事を「楽しむこと」と「抑制すること」の調和にこそ真の幸福があると考えました。この哲学は、ストレス解消としてドカ食いに逃げがちな現代人の行動パターンの歪みを、時代を超えて鋭く突き刺しています。