オーストリア出身の神経病理学者ヨーゼフ・ゲルストマン(Josef Gerstmann)が1924年に報告したことでその名がついた本症候群は、脳の特定のネットワークが破綻することによって引き起こされます。最大の特徴は、一見すると無関係に見える以下の4つの神経心理学的徴候(4大徴候)が同時に、あるいは重複して出現する点にあります。
第一の徴候が手指失認(しゅししつにん)です。医師から「人差し指を立ててください」と命じられても、どの指が人差し指なのか選択できず、検者に触られた指が自分のどの指なのかを言い当てることが困難になります。視覚的にも触覚的にも指そのものは認識できているものの、脳内の「身体図式(身体の地図)」において各指の空間的・機能的な個別識別が失われてしまう現象です。
第二の徴候は左右失認(さゆうしつにん)です。「右手を挙げてください」「左を向いてください」といった自身の身体の左右判別はもちろん、向かい合っている相手の「右手」を指し示すといった空間の左右関係の認識に著しいエラーが生じます。左右という概念が脳内で反転・消失し、日常生活での移動や服の着脱に深刻な混乱を招きます。
第三の徴候が失書(しっしょ)です。運動麻痺や手の震えがないにもかかわらず、文字が書けなくなります。キーボードのタイピングや口頭での発話(会話)は流暢にこなせるケースであっても、ペンを持って紙に文字を再現しようとすると、文字の形態が崩壊したり、部首を取り違えたりします。読む能力(読字)が比較的保たれる「失読を伴わない失書」の形をとることが臨床上極めて特徴的です。
第四の徴候は失算(しっさん)です。言語的コミュニケーションや日常会話は極めて論理的であるにもかかわらず、足し算や引き算などの基礎的な計算能力が著しく低下します。「7+5」の暗算が解けなくなったり、筆算において桁を揃えて繰り上がりを処理する空間的な数値処理能力が破綻したりします。レジでの支払い不能や金銭管理のトラブルとして表面化し、発症を疑う契機になることが多々あります。