工事現場の作業員、WEBライター、介護施設のスタッフ。鏑木が仮面を付け替えるたび、画面の空気は一変する。偽名をつかい、眼鏡をかけ、立ち振る舞いや声のトーンまで変貌させるその姿は、一見すると巧みな犯罪者の逃走手口に思える。だが、カメラが捉え続けるのは計算高さではない。追い詰められた人間が漂わせる、痛々しいほどの生への執着と透明な誠実さだ。
警察の包囲網を間一髪で潜り抜ける緊迫感はもちろんのこと、本作の神髄は逃走劇の裏にある「空白の日常」に置かれている。彼が触れ合った人々は、最初こそ彼を不気味がり、やがてその過剰なまでの優しさに救われていく。凶悪な殺人犯なのか、それとも冤罪に苦しむ被害者なのか。観客は追手である警察と同じ視点から、いつの間にか鏑木という人間の深淵へと引きずり込まれていくのだ。