象徴主義や純粋芸術の領域に留まることを潔しとしなかった姿勢も、彼の特筆すべき特質だ。東郷は自らの作品を美術館の暗がりから解き放ち、街頭へと積極的に送り出した。百貨店や各種企業とのコラボレーション、資生堂関連の装飾、さらには雑誌の表紙に至るまで、生活空間全体を自らのグラフィックで覆い尽くそうとした。
こうしたアプローチは当時、二科会などの画壇において賛否両論を呼んだ。しかし「芸術は一部の特権階級のものではなく、街を歩くすべての人々のためにあるべきだ」という理念は貫かれた。2026年の視点から振り返れば、ポップアートの先駆者とされるアンディ・ウォーホルに先立つこと数十年、日本においてアートと商業の境界をあざやかに無効化していた事実は驚嘆に値する。