なぜ昭和や平成初期には受け入れられていた表現が、これほどまでに激しい反発を招いたのか。そこには、日本社会における「笑い」の構造と、マイノリティに対する無神経な「いじり文化」の蓄積が存在する。
当時のバラエティ番組は、マジョリティ(多数派)の視線から逸脱する存在を「異物」として笑いものにする手法が横行していた。特に同性愛者やトランスジェンダーといった性的マイノリティは、記号化された過剰なステレオタイプとして消費されがちだった。視聴者はそれを「単なるコント」として笑い飛ばしていたが、その陰で学校や職場において同性愛者が「保毛尾田」と揶揄され、深刻なイジメや孤立に苦しんでいた現実は、長らく無視され続けていたのだ。