「太宰さんが嫌い」三島由紀夫の批判劇と伝説の対面|確執の真相

「太宰さんが嫌い」三島由紀夫の批判劇と伝説の対面|確執の真相

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昭和21年(1946年)冬、敗戦の混乱が色濃く残る東京・銀座の小料理屋「野平(のひら)」。この場所で、日本文学史上に残る劇的な対面劇の幕が上がりました。

当時、太宰治はすでに『斜陽』の発表を控え、押しも押されもせぬ文壇のスターでした。その日、文芸評論家の亀井勝一郎を囲む酒席が開かれており、そこへ友人の編集者・野原一夫や劇作家の矢代静一に誘われて姿を現したのが、当時東京帝国大学の学生で、作家として頭角を現しつつあった21歳の三島由紀夫(本名・平岡公威)でした。

着古した絣(かすり)の着物を着流し、取り巻きの文学青年たちに囲まれて酒を酌み交わす太宰。そんな太宰の前に端座した三島は、周囲が息を呑むなか、太宰をまっすぐに見据えてこう言い放ちました。

「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」

座の空気は一瞬で凍りつきました。周囲の編集者や文士たちが青ざめるなか、太宰はふっと視線をそらし、隣にいた亀井勝一郎や仲間たちに向かって、照れ隠しのような、あるいは憐れむような独特の調子で呟いたとされています。

「そんなこと言ったって、こうして来てるんだから、やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ」

完膚なきまでに突き放すのではなく、青年の青臭い挑戦をユーモアと大人の余裕で包み込むような返しでした。三島はこの太宰の態度に激しい屈辱と狼狽を覚え、その場を逃げるように立ち去ることになります。

山崎 陸
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山崎 陸

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