メジャー会社を飛び出し、監督の独立プロダクションである近代映画協会の結成に参画した決断は、当時の映画界の常識を根底から覆す事件だった。資金も機材も極限まで切りつめられた環境下で制作されたのが、映画史に燦然と輝く傑作、映画『裸の島』(1960年)である。
瀬戸内海の小さな孤島で、台詞を一切排除し、ただ黙々と水を運ぶ農婦の姿を演じきった。真夏の太陽の下、重い水桶を担ぎ、急勾配の坂道を何度も往復する肉体表現。カメラが捉えたのは、演技という概念を超えた「生きる営み」そのものだった。この独立プロ映画の金字塔は、第2回モスクワ国際映画祭でグランプリを受賞し、世界中に大きな衝撃を与えた。大手資本に頼らずとも世界を感動させられるという証明は、独立プロ映画の歴史において決定的な瞬間となった。