八田與一の生涯を語る上で欠かせないのが、愛妻である八田外代樹の存在である。金沢の名家から若い八田のもとへ嫁ぎ、過酷な台湾の現場で夫を支え続けた。過酷な建設現場に家族で住み込み、現場作業員の世話まで買って出た彼女は、現地住民にとっても母のような存在だった。
しかし、時代は太平洋戦争へと突入する。1942年、八田與一は陸軍の要請でフィリピンへ向かう途中に乗船が撃沈され、非業の死を遂げた。そして1945年、日本の敗戦。台湾からの日本人引き揚げが命じられる中、外代樹は夫が心血を注いだ烏山頭ダムの放水口に身を投じた。夫の愛した大地と水の一部になることを選んだ彼女の悲劇は、今も語り継がれる歴史の痛切な一幕だ。