安倍晋三氏が凶弾に倒れてから数年が経過した。この間、昭恵氏は夫の遺志を継ぐ活動を続けながらも、一人の個人としての人生を取り戻そうとしてきたように見える。しかし、世間は彼女を「悲劇の未亡人」というフレームに閉じ込めておきたがる。
黒い喪服を着て、静かに微笑む姿だけが「正解」とされる空気。そこからの脱却を試みる彼女のあらゆる行動は、時に不謹慎というレッテルを貼られる。今回の騒動の本質は、残された遺族が「自分自身の人生をどう生きるか」という、極めて個人的な権利と、社会が押し付ける役割期待との衝突にあるのではないか。