鳴無神社の起源は、遠く飛鳥時代よりも前の西暦460年(雄略天皇4年)にまで遡ります。伝承によると、大和の葛城山から逃れた一言主命(ひとことぬしのみこと)が船で土佐に漂着し、最初に社を構えた地がこの浦ノ内鳴無の地であったとされています。その後、神託によって高知市一宮の「土佐神社(土佐国一宮)」へと遷座したため、鳴無神社は現在も土佐神社の「元宮(もとみや)」として特別な崇敬を集めています。
現在の社殿は、土佐藩第2代藩主・山内忠義の寄進により寛文3年(1663年)に再建されたものです。本殿・幣殿・拝殿が一体となった権現造(ごんげんづくり)の遺構であり、内装には美麗な極彩色や精緻な彫刻が施されています。この歴史的・建築的価値の高さから、1953年には国の重要文化財に指定されました。毎年8月25日(新暦)に斎行される「志那禰祭(しなねまつり)」では、神輿を乗せた船団が湾内を勇壮に渡御する神事が今なお継承されており、海と共生してきた南土佐の祈りの歴史を今に伝えています。