体育の授業というのは、漫画においても現実においても、人間関係が剥き出しになる場所だ。制服という「鎧」を脱いで、体を動かす。得意な人、不得意な人、見せたくない自分が突然露わになる。僕の隣の相馬さんの跳び箱のエピソードも、その構造を巧みに使っている。
跳び箱が苦手なキャラクターが踏み切れずにいる姿、それをさりげなく見守る相馬さんの視線——そうした描写は、過剰な説明なしに感情を伝える。「どうしてそんなに見てるの」「気になるから」。わずか数コマのやり取りが、二人の関係に新しい層を加える。これが青春漫画の醍醐味というものだ。
跳び箱というモチーフには、もう一つ重要な側面がある。「助走が必要」という点だ。いきなり飛べるものではない。準備が要る、勢いが要る、そして最後は自分で踏み切るしかない。これは告白にも、友情の深化にも、そのまま当てはまる比喩として機能している。作者がそれを意識的に選んだかどうかはわからない。だが読者はそこに確かな共鳴を感じる。