この問題が公の場で爆発的な注目を集めたのは、1996年春の『週刊新潮』による連続スクープ報道が引き金でした。橋本龍太郎 週刊新潮 報道では、橋本氏が厚生大臣時代から長期にわたりこの中国人女性と極めて親密な関係(愛人関係)にあり、東京や北京で極秘裏に逢瀬を重ねていた経緯が生々しく報じられました。
報道の熱狂は芸能ゴシップの域にとどまらず、国家財政と外交倫理を揺るがす深刻な疑惑へと延焼します。それが橋本龍太郎 ODA利権 疑惑です。日本政府が拠出する巨額の対中政府開発援助(ODA)マネー、とりわけ北京の小児病院建設や医療関連機材の供与において、この女性が介在する企業や団体へ巨額の資金が還流していたのではないかという疑惑が浮上しました。
当時の国会(参議院予算委員会など)において、野党・新進党の議員らがこの問題を激しく追及。橋本首相(当時)は議場で厳しい表情を崩さず、次のように答弁しました。
「日中友好の医療事業を円滑に進めるための大切な知人であり、個人的な手紙のやり取りや親交があったことは事実だが、男女の不適切な関係や特定の便宜供与、国家機密の漏洩といった事実は一切ない」
橋本氏は橋本龍太郎 愛人 噂 真相について男女関係を明確に否定しつつも、相手女性との個人的親交や文通の事実自体は認めざるを得ませんでした。この答弁は、完全潔白を証明しきれなかった印象を世間に残し、政権の対中政策における判断の公平性に暗い影を落とす結果となりました。