本作のメガホンを取った太田隆文監督の覚悟は並大抵のものではなかった。2011年3月の福島第一原子力発電所事故を題材にすることは、当時の商業エンターテインメントにおいて絶対的なタブーとされていたからだ。スポンサー集めは難航を極め、撮影現場への圧力や誹謗中傷の影が常に付きまとった。
それでも監督は妥協を許さなかった。実際に被災した人々の証言を丹念に集め、政治的なスローガンではなく、あくまで「普通の人々の日常が奪われる恐怖」として描き切ることを選んだ。自主上映からスタートせざるを得なかった製作背景には、表現の自由を死守しようとする映画人たちの壮絶な戦いがあったのだ。