山中温泉の歴史は古く、奈良時代の高僧・行基が薬師如来のお告げによって発見したことに始まると伝えられています。有馬、草津と並び「扶桑三名湯」の一つと称されるほど、その湯質の良さは古くから天下に知られていました。
「菊の湯」という風雅な名称の起源は、元禄2年(1689年)にこの地を訪れた俳聖・松尾芭蕉に由来します。『おくのほそ道』の旅路の途上、芭蕉は山中温泉に異例ともいえる8泊9日もの長期滞在を行いました。長旅で衰弱していた芭蕉は、この地の湯と人情に深く癒やされ、次の名句を残しています。
「山中や 菊は手折らじ 湯の匂ひ」
中国の故事には「菊の露を飲めば長寿を得られる(菊慈童の伝説)」という教えがありますが、芭蕉は「この山中の湯の香りを浴びるだけで延命長寿の効き目があるのだから、わざわざ菊の花を手折る必要などない」と最大級の賛辞を贈りました。この句にちなんで、総湯は「菊の湯」と名付けられたのです。
泉質は、無色透明でさらりとした感触のカルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉。男湯の入口脇には誰でも利用できる飲泉所が設置されており、柄杓ですくって口に含むと、ほのかな塩味と温泉成分の風味が広がります。胃腸病や動脈硬化、創傷などへの効能が謳われる本物の生きた源泉です。