ふくやの歴史において最も特筆すべきは、川原俊夫が「味の明太子」の製法特許や商標登録を一切申請しなかったという事実だ。通常であれば、画期的な新商品の製法は厳重な企業秘密として抱え込むのが常識である。しかし、俊夫の考えは違った。「美味いものはみんなで作り、博多の名物にすればいい」。
彼は教えを乞う者に惜しみなくレシピを教え、製法ノウハウを無償で伝授した。この驚くべき利他精神こそが、福岡県および博多における水産加工業を飛躍的に成長させる最大の原動力となったのである。地元の同業者たちが競い合い、高め合うことで、明太子は瞬く間に福岡を代表する巨大産業へと開花したのだった。