言葉の成り立ちを紐解くにあたり、最大の疑問となるのが「なぜ“一部”という文字が入っているのに“全部”を意味するのか」という点です。現代日本語において「一部」といえば、「全体の中のわずかな割合」や「一部の意見」といった限定的なニュアンスで使われることが大半だからです。
この謎を解く鍵は、仏教の典籍文化にあります。古代から中世にかけて、仏教の教えを網羅した膨大な経典群は「一切経(いっさいきょう)」または「大蔵経(だいぞうきょう)」と呼ばれ、数千巻に及ぶ巻物として伝承されてきました。当時、書物や巻物が最初から最後まで完全に揃った「一揃え・一巻の完全なセット」を数える単位こそが「一部(いちぶ)」でした。
つまり、ここでの「部」は部分の部ではなく、「書物の全体を一括りにした単位」を指しています。そこに、物事の始まりを意味する「始」と、終わりを意味する「終」を組み合わせることで、「書物の最初の行から最後の文字に至るまで、完全に書き記されたすべての記録」を意味するようになりました。これが転じて、人間の行動や事件、トラブルにおける「事の起こりから結末に至るまでのありのままの全体」を指す表現として定着したのです。