時計の針を昭和30年代初頭の福岡へと巻き戻す。小学3年生の森田一義少年は、下校途中の変哲もない日常の中で、人生を一変させる事故に見舞われた。下校途中に走っていた際、電柱を固定していたワイヤーの結び目が突如として右目を直撃したのだ。
凄まじい衝撃とともに視界は暗転。すぐさま高度な治療が試みられたものの、視神経の損傷は激しく、懸命な医療処置もむなしく右目の視力は完全に失われた。まだ10歳にも満たない少年が受けた衝撃と恐怖は、想像を絶するものだったに違いない。当時、失意の底にあった孫を不憫に思った祖父が、視力回復に効くという噂を頼りに各地の温泉へと連れ歩いた逸話は、森田家の愛情深さと事態の深刻さを物語っている。
だが、少年・森田一義の精神は驚くほど強靭だった。「見えないものは仕方がない」。運命を呪う代わりに、彼は片目で見える世界を誰よりも精密に観察し、聴覚や触覚を研ぎ澄ませていく。この研ぎ澄まされた感覚器官の鋭さこそが、後に昭和の芸能界を揺るがす特異な芸風の土台となった。